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「日本語で話をしない方がいい。皆、日本人を嫌っているから」――中華民国初期の内戦最前線を行く「南方紀行」、名作「星」など運命のすれ違いを描く九篇
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佐藤春夫は複数回中国を訪問している。去年、同文庫から発行された「女誡扇綺譚」は台湾をテーマにした一冊だったが、それの姉妹編にあたるものになるので2冊揃えることがオススメ。
なお、「わが支那游記」は全集には未収録。この文庫初収録。
河野先生による巻末解説が詳しいので、初めて春夫のこの中国旅行記に触れる人は、先に巻末解説を読んでから(もしくは並行的に読みながら)随筆を読んだ方が諸々の背景の理解が進むかもしれません。(編集方針なんかも説明されてるので、わかりやすい)
最後に収録されている「旧友に呼びかける」が、それまで呼んできた一連の中国紀行の総まとめのようにも読めて、グッときますね。
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著者佐藤春夫は生涯に5度中国を訪れたとのことだが、本書では最初の2回、1920(大正9)年と1927(昭和2)年の旅に関する作品が収録されている。
1920年の旅は、同じく中公文庫に収録された『女誡扇綺譚』における台湾への旅の機会に、海峡対岸の福建省に渡ったものである。台湾の打狗(現在の高雄)からまず厦門に、そして漳州へと旅する。台湾での旅が有力者からの便宜を受けたり十分な通訳が付いたりして相当に恵まれていたのに対し、中国本土への旅は、同行者の通訳もあまり受けられず、また対日感情も良くない時期であったなど厳しいものがあったが、文人としての立場もあるのだろうか、土地の文人との交流もそれなりにできたり、若者同士ならではの遊楽も楽しんでいる。
そして本書のある箇所を読んで初めて知ったのだが、民国初期における福建省という地方において理想的都市を建設しようとする政治的リーダー陳烱明のこと。民国初期の南方における政治家・軍人らしいが、全く知らない人物であった。でも春夫の文章を読んで、それなりのイメージを持つことができた。
後半は、1927年、日本で知り合った田漢、郁達夫(いずれも後にかなり有名になった)の案内を得て、杭州、南京に遊んだ時の紀行文など。しかしこの後、日中間の亀裂はどんどん大きくなっていってしまい、かつての友情も裂かれていってしまう。こうした文章を読んでいると、大きな流れの前における個人の無力さということをついつい感じてしまう。
冒頭に置かれた「星」は実にいい。「私の星よ。私に世の中で一ばん美しい娘を私の妻として授けて下さい。又、その妻の腹に宿って出来る私の男の子を世の中で一番えらい人にならせて下さい。」と星に願い事をした陳三。彼の願いは果たして叶うのだろうか。おとぎ話を思わせるような文体で話は進んでいくのだが、夫婦の情愛と悲哀、そして歴史に翻弄された不思議な運命が描かれる。